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番外 サンティアゴ国際空港 [チリのこと]

無事日本到着。休むまもなく家探しに奔走中。あろうことか、今回は私が人生初の時差ぼけ経験中で、夜11時ごろ横になっても3時ごろ目が覚めてしまうんです・・・そのままごろごろしているけど。それで、6時ごろおきてしまう息子と入れ替わるように、そのあとまた眠くなってきて。

LAまでは良く寝れた(多分また例によって、4時間くらいで到着した気分)のですが、その後やはり疲れました。

LAX-NRTは日系のエアラインでしたが、なんというか、どうも、落ち着かない・・・。ビジネスのシートもLANに比べると狭いし、健気に、一生懸命働いている客室乗務員さんたちには申し訳ないのですが、日系のサービスって、率直にいうと「いちいちうるさい」。頼んでもないのにああしましょうこれいかがと、しょっちゅうやってくるのですな。しかも頼んだことをいろいろよく間違える。。。

◆   ◆   ◆

サンティアゴの国際空港までは高速でほぼ通常通りにすいっと行けましたが、一箇所、道路が割れており鉄板で簡易橋をつくって応急手当をしているところがありました。ここは一台づつしか通れず、徐行の必要があります。

もう平常通りのオペレーションが始まるとも聞きましたので今更でしょうが、私たちの出国風景スナップなど。テントでのチェックイン、出店みたいなイミグレ、思ったほどの混乱もなく、レストランやカフェ、飲み物などの売店からみやげ物店まで、通常の何分の一ではあるが開いており、テント内には飲料水のサービスまでありました。

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そして、最後にすごいサプライズが! ちょうど同じ時期にベネズエラに帰るお友達がいたのですが、時間がなく、会えないまさよならだ。。。と親子で悲しんでいたのに、なんと、最後の手荷物検査の列の後ろから呼ばれたような気がして・・・振り返ると、そこに彼女たちが!

もう、息子大喜びです!! ほんとに、嬉しかった。こんな偶然があるのだろうか。

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Santiago [チリのこと]

LAXのラウンジで書いています。最後のチリの姿をサンティアゴで書く暇がなくて・・・ 

出国の2日前、息子がかねてから乗りたがっていた2階建て観光バスにのりました。私は興味なかったけれど、震災の後のセントロの様子を見たいという気持ちもあり。

ホテルのConserjeに聞くと10分後に最寄の停留所にくるというので急いで出向くともう向こうにバスが。

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高いところから街をみるのもなかなか楽しい。が、街路樹にバチバチあたりまくっている。いいんですかい。

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もっとも見ごたえがあったのは、新学期を控えた最後の週末のモール周辺道路の大渋滞。割り込み、幅寄せ、入る車出る車入り乱れる間を人がすり抜ける、スリリングな光景でした。自分が中にはいってるとそう恐くないんだけど、上から見ると、恐いわ~ 写真はありません。

セントロのほうに行くと、国立美術館前でチャリティーコンサート風。

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古い建物が一部崩れていたりしました。てっぺんが折れた教会。何でこんな風になるんだろう?

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ひっそりした街角

 

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しかし、目抜き通りの歩行者天国に行くと、いつもながらの賑わいが!日曜は普通はこの辺の店は閉めるので静かなのですが。モールといい、こうして普通に人々が歩いているのをみるとほっとします。

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モネダ宮の裏、Plaza Constitucion(だったっけ) いま、サンティアゴでは街中のいたるところで半旗が掲げられています。そして、ビルの壁にも、アパートのテラスにも国旗と「Viva Chile」、Fuerza Chile(頑張れチリ)、Chile ayuda a Chile(これはどこかのキャンペーンかな。直訳でチリがチリを助ける。自分達で立ち上がろう、といった意味です)

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チリ大学の建物の天井ではイエスが街を見守っている。

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セントロをめぐり終えプロビデンシアに戻ってくると、何年前だったか、知人のお嬢様の結婚式に呼ばれたことがある、由緒正しい教会のドームが全壊していました。

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昨日、ホテルから空港に向かう車からこんな国旗も発見。我が子と同じ歳くらいの子が、作ったのかな。

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大地震直後とは思えない静けさと賑わいに安心し、しかし未だそこかしこに残る爪あとが痛々しく、でも、上から下まで、頑張ろう、立ち直ろう、という気概にあふれたサンティアゴに感動しました。頑張れチリ。

5年間楽しかった。嫌な思いも辛いこともあったけど。Nos vemos!


Concepcion [チリのこと]

金曜日、夫コンセプシオン入り。全土でもっとも被害が大きく、治安悪化により軍が鎮圧に入っているチリ第2の都市。救援物資を届ける&現地の状況視察のため。

ニュースで見聞きするその状況も酷いが、なにより現地事業会社のチリ人社員が、居住区での強盗事件多発で身の危険を感じ、車で一家で逃亡生活を送っているなどと聞くと、どうして彼が行かなくてはならないのかと、怒りと言ったほうが良いような不安を感じた、と正直に書いておこう。

(だって、行くだけでも危険で心配だというのに、前日夕方突然決まり、それから本人自ら救援物資の買出しから積み込みまで全部自分でやらなくちゃ行けなくて、夜10時すぎやっと帰宅し朝3時発。これってどうよ。と思ったわけ。まあ、結果的には無事任務完遂し、疲れたーといいつつ通常の出張帰りみたいな顔で帰ってきたけどさ。)

運転は会社の運転手さんでした。交代でするはずだったのですが、もと軍事学校の教官のこの方「丸2日寝ないで運転したこともある。大丈夫だから休んでくください」と、自分の家もまだ水道も電気もない状況、しかも高齢というのにとても踏ん張ってくださった。写真をたくさん載せますが、断層、亀裂、土砂崩れ。よくこんなとこ車通すね・・・という感じ。自分で運転していたら、事故なく帰れなかったかもしれない。大げさかもしれないが、命の恩人のように感謝しています。

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報道用に誇張されたり事実を脚色されていない生の現場写真、できるだけたくさん載せてみます。

①サンティアゴからコンセまでの道

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②外出禁止令が出されており、外に出られるのは12時から18時まで。その時間以外は街へ入ることも、出ることもできないので、朝早く到着し検問待ちをする車の行列。(今週からは21時から9時までに緩和されるとか、されたとか)

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③検問所   ここでかの運転手さんが大活躍。思いのほか早く朝9時ごろ到着したのですが、彼まだ軍人の身分証明書を持っており、それを見せると全くノーチェックでスイスイ・・・ 

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④というわけで、人っ子一人いない街に到着。

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⑤と思いきやとつぜんわらわらと増えてくる車。

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⑥繁華街

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 ⑦周りは無事なのに、どうして? 同じ敷地内でも、または同じビル内でも被害状況は全く異なるのだそうです。一般に、チリではここ数年の好景気時に雨後のたけのこのように出来たマンションはだめだといわれています。

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⑧給水車の周りでたむろする人々

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⑨会社の近く だったかな・・・

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⑩街中の関所 

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⑪よく映像ニュースになっている、もっともドラスティックに崩壊してしまったビル。新築マンションで、未だ完売もしていなかったようです。

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⑬空港(郊外)と市街地を結ぶ橋だったと思います。使えない道も多いので渋滞。 

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⑭この橋のむこうにある古い橋は、落ちた。今は全くつかっていず、単に撤去費用がないか、めんどくさくて残してあったものなのですが報道写真ではこちらの落ちた橋だけの絵になっており、あたかも重要な交通網、分断!と見せかけているようです。 

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⑮波打つ道、亀裂、落ちた道、ひび割れ、隆起、土砂崩れ

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コンセプションの日本人の方(特にご家族)は、日本大使館や企業派遣の車などでサンティアゴに避難されている方も多いようです。


公園 [チリのこと]

3月4日(木)

午前中、引越し荷物の発送名義人変更の書類作成のため、Notaria(公証人役場)へ。夫の帰国が不透明なため私名義で発送しなくてはならない。

昼は、私たちが狭いホテルに缶詰なのを心配して夫の会社の同僚の方がランチに誘い出してくれる。午後買出しへ。お刺身、お豆腐の他、薄切り肉とジャガイモ4個、玉ねぎ一個、パック入りのスティックニンジンを買い、夜は肉じゃが。(鍋いっぱいつくって本日も使いまわしの予定が、なんと朝起きたらもう痛んでいた!!大ショック)

夕方、ホテルに篭ってTVばかり見ている息子が不憫で、引っ越す前は毎日のように行っていた近所の公園に連れて行く。アパートはもう引き払ったのだが大家さんも多忙で鍵の引渡しが出来ぬままゆえ、元の駐車場に車を止めさせてもらう。

最初は、この公園じゃなくてもう少し遠くの、大きな公園に行きたいといっていた彼、やはり友達を見つけるとそんなこと忘れて大喜び。

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(なぜ大きな公園、と言ったかというと、ほんとは一昨日、日本人のお友達がそこで集うのに誘われていたのだが、まさにその時間チリオ寝てしまって行けなかったのだ。私も、ジーパン2本のみで生活中のところ、一本洗濯機に放り込んだ直後に、カーテンをしっかり閉めずシャワーを浴びていた息子に水浸しにされ、パジャマを着るしかなく部屋からでられない状況であったのですが・・・)

近所のチリママたちと、くっだらない、いつもどおりの日常のおしゃべり。気分が軽くなる。

夫から電話、急遽救援物資搬入と、被災状況視察のため早朝にConcepcionに発つ、物資買出しでスーパーめぐりをしており帰宅深夜との連絡。丁度一緒にいた友人の従兄弟が現地に住んでいて新生児をかかえ難儀しているというので彼らにも救援物資を運ぶことに。友人、子供2人を私に託し、すっとんで買出しに。

(その間、彼女の息子が女の子のお友達にちょびっと怪我させ、泣かせてしまう。。わざとではなかったようだが。チリオが謝れよ、と言ったら「やだよ なんでだよ」というのでこんどは私が叱り付けると、すねて木に登ったまま降りてこない~。なんだかなあ、甘やかされてるなあ、このくらい怒られたくらいで・・・ わざとでなくても人に痛みを与えたら謝るのが常識だ。子供であっても。)


料理 [チリのこと]

しばし食欲も、買出しに出る元気もなく、引越し日の宴会意外は缶詰やレトルトの備蓄で食事をしていたが、体調リセットしなくては、と一昨日の晩、韓国料理屋でプルゴギ、ビビンパ。野菜をたっぷり取る。

夫と顔見知りの店主とお互いの無事を喜び、セントロ方面の治安情報など交換。サンティアゴでも、一部で略奪、強盗などが起きているようだ。

普通であれば持ち帰りなど頼まない、ほんの少しだけ残してしまったビビンパとサンチュ、焼肉についてきた白飯を包んでもらうと、店主のサービスで野菜は倍に追加され、キムチが1パックついている。うれしい。

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昨日、フェリア(青空市)がもう立っていると聞き買出しに。サラダ用の野菜、レイネタを買う。

アパートホテルの狭いキッチンで夕食を用意。ワインも買えた。

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炊飯器はもう人に譲ってしまったので、アパートについているちゃちなステンレス鍋で炊く。意外と上手にできて、感動。日本米は、幸い手元に少し残っていたのを使っているが、地震直後買い占められサンティアゴでももう手に入らない。

前日いただいたサンチュ、エゴマをちぎり、きゅうりをトマトを、全く切れ味のかけらもない包丁で「分解」し、レモン、オリーブオイル、塩でサラダに。

レイネタは、半分はみりんと醤油につけ、フライパンで照り焼き。半分はレンジ蒸し。(生姜と葱を載せ、少し残っていたのをペットボトルに入れ替えて持ってきていた秘蔵の芋焼酎を少々ふり、薄口醤油をかけて、ラップをしてレンジで10分強)。フェリアで魚を買うのは初めてだったが一本売りでその場で捌いてくれるので鮮度は確認できる。程よく脂ものり、とても美味だった。港壊滅で漁も未だ再開していないのだろうと思ったが、どこから入ってくるのだろう。有難い。

これらとキムチ、即席のお味噌汁で、質素だがなんとか夕餉が整った。

こういう場所や、人の家で料理をしているといつも、昔、料理学校のある先生が「私たちはどんな場所でも常に同じレベルの料理を作る。」とおっしゃったのを思い出す。

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チリオやや風邪気味。疲れているのか、退屈だからか、普段昼寝なんて滅多にしないのに、毎日午後4時前後に3,4時間寝てしまう。出国は9日、なんとか体調維持しなくては。

パパ帰国の目処たたず。本当に帰れるのか? 私と息子だけ出国して本当に良いのか非常に不安。  

◆   ◆   ◆

昨晩強い余震あり。震度4とのこと。3くらいかと思ったが・・・・ 震源はValparaiso、北上している。サンティアゴのすぐ近く。

我が家は、ちょうど帰任のタイミングだったため狭いアパートホテルでスーツケース暮らしが不便ではあるが、幸い被害も少なくすんだ。聞くと、近所でもまだガスがこないとか、エレベーターが止まっているとか、部屋も相当やられたとかガラスがわれたとか。一日も早く、元の生活が戻りますように。また、再被害をもたらすような強い余震がありませんように。


地震3日目 [チリのこと]

地震翌日、2月28日(日) 引越しを強行。

さほど被害もなく、地震の数時間後にはライフライン完全復旧、エレベーターも動く。家具も大分処分したとはいえ最低限の生活はできる。帰国の目処もたたぬのに退去するのはどうか、直前まで悩んだが、逆に急に帰国便が手配できた場合困ると判断。 既に事後処理で忙殺、疲弊している夫にこんな大仕事を残して私が帰るわけにもいくまい。とにかくいつ帰れるかわかんないけど、だからこそやれることはやっておかなくては。と。(結局、来週中には日本に到着しそうです)

業者さんに指示をだしつつ、処分予定だったもの、送る予定だったものから当座の生活で必要なものをとりわける。朝9時半過ぎにはじまり5時半に荷物運び出し完了。知人に譲る家具の引き取りが終わったのが6時半、その後売れ残った家具や雑貨などの運び出し、部屋の清掃をざっと済ませて7時半。

急ぎホテルに戻りシャワーを浴び、友人宅へ。この日皆でPartyをする予定で引越し前に預けてあった食品やワイン、買っておいてもらった刺身で手巻き寿司メインの宴。ひとときの幸せ。最初のビールがことのほか美味い。しかし幸せすぎて日が変わってしまった・・・4人でシャンパン一本、ワイン3本。さよならするまで大はしゃぎだったチリオ、着替えの余力も無くホテルに戻るなり5秒後には爆睡。

◆     ◆     ◆  

きょう、3月2日(火)。 

本当は今晩の便で帰国するはずだった。

帰国前3日間は、引越し等の便宜のため会社負担でホテル住まいをさせてもらえることになっている。しかし滞在が長引き特に夫は先が見えない状況のため、本来我々出国後夫が10日程度一人暮らしをする予定だったウィークリーマンションのような場所へ移る。地震後2度目の引越し。7個のスーツケース、カバンが4個に生活雑貨や食料をとりまとめた箱3つ。これで帰国まですごす。

夫一人暮らし中の食糧として、レトルト、缶詰、カップめんなどの備蓄が多少あり助かった。あまり出来合い品、インスタント品が好きでなかった私だが、日本に帰っても常備するようにしよう。(特に、ベターホームのお惣菜缶詰はかなり美味しい!非常食にお勧め)

薬品や、ティッシュ、ウェットティッシュ、石鹸シャンプーなどの生活雑貨や文具。帰国して即生活できるように、とスーツケースに入れてあったのが大助かり。引越して即買い物に走るのも疲れるし、エア貨物が到着したとしても開けて探してからじゃないと使えない、というのもしんどいし、と思っていた。ここで使うことになるとは。

アパートには洗濯乾燥機があるが、洗剤が無いので、生活できるよう荷物を解き整理した後、外に出てみる。(残った洗剤はあげちゃったんだけど一回分くらいジップロックに残しておけばよかったな)

夫の会社までは徒歩30秒、地下鉄駅まで5分強、コンビニ、レストラン、クリーニング店、パン店など至近、大き目のスーパーまでも歩いても10分ちょっと。普段生活していたエリアではないが、何度か来たことがあるので土地勘はある。安心。

洗剤買って帰宅、洗濯開始。乾燥まで全自動で、便利だけど、時間かかるわね~!!

ああ、そして今日ももう夕方だ。

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地震直後に家の被害状況を写真に収めたのが多少あるのでUpします。全室前箇所の壁、天井に亀裂。

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テレビ、DVDは割と高さのある小さなキャビネットにちょこんと載せていた。地震前日に知人に売ったのでこんな風に床においていたので落ちなかったが、でなければお釈迦だっただろう。

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地震の最中も、その後もさほど恐いとも思わなかったしとても落ち着いていたけれど、ここへ来て非常に疲れを感じる。夫が、事後対応に終われ非常に疲弊しているので、伝染したかも。彼も本当はこの2日間は帰国前休暇をとり、家族3人の最後のチリをゆっくりすごすはずだったのにそれどころでなく地震発生から睡眠もそこそこに走り回っている。私たちは来週出国できそうだが、彼はまだ先が見えない。それも精神疲労の原因だろう。

そして私も、夫も、帰国してからも怒涛の日々がと思うと気が滅入る。なんとか家から出した荷物も、いったいいつ発送可能なのかの連絡すら未だ無い。空港はぼちぼち復旧しているが港は相当やられているので。

眠りが浅く、常に頭の芯が重く眠い。誰かに会うのが億劫なようでいて、家族や友人からメイルや電話があるとほっとするし、リフレッシュする。

チリオは、まだしばらくチリに、パパと一緒に居られることで大喜びなんですけどね!!


地震2日目 [チリのこと]

私たちが滞在しているホテルと、その周辺はほぼ通常に戻ったように見えます。

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ホテルのレストランでゆっくりの朝食(普段どおりの豊富さ。生しぼりのオレンジジュース美味)後、近辺を散策。

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噴水まですでに復旧。075.JPG 

レストランはもちろん、コンビニ、薬局、カフェ、ネイルサロンのような非常時には縁遠い場所まですでに普通の顔で営業。カフェでくつろぐ人々。

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ここはオフィス街。ガラス張りのビルも被害無し。

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完成間近の超高層ビル。こちらも被害無し。チリ国旗を胸に堂々と。と思いきや。本日このビルの隣で働いている夫の指摘を受けたのですが写真向かって左側のベージュのパネルのようなものの上から4枚目が落ちて宙ぶらりん状態。これが落下したら大変なことになります。

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ホテル前のマンション。スーパーの袋をもった女性、犬を散歩させる人。

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ホテル前で。チリオはじめ、私たちも元気です。ちょっと疲れてはいるけれど。

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ホテルロビーには大きな亀裂。最上階のプール、レストランは残念ながらかなりの損傷があったもようですが、これ以外にホテル内に特に大きな被害の跡は見られません。エレベーターも勿論動いているし、熱いシャワーも問題なく出ます。小さいながらもキッチンつきのスイートなので、お茶や食事の用意もでき、特に不自由はありません。

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無事です [チリのこと]

先日、チリで書くのは最後といってTerremotoというカクテルのことを書いたらなんとほんとの大地震。震度5か6。

いろいろな方からメイルをいただいているのですが、まさに引越し真っ最中でばたばたしており、申し訳ないことなのですがお返事が遅れそうです。取り急ぎこちらで、一家全員の無事をお伝えさせてください。

3時半に地震発生。かなり長く続いたので一応即非難できるようコンタクトを入れ着替え。引越しのため貴重品はひとまとめにスーツケースに入っていたので準備万端。別室で寝ていた息子を迎えに行ききしばし停電、断水したがまもなく復活。ヘルメット、水を手元に用意。

ゆらゆらと横揺れ。先日クルーズしたばかりなので「船にのってるみたい~」といってる隣で夫は自信酔い。ちなみに息子は地震に全く気付かず、爆睡。「なんでパパとママのベッドにつれてきたのー」「なんで本をだしちゃったのー?」 大物。

揺れも落ち着いてきたのでみんなで寝よ、寝よ。と。

朝、引越し業者から作業可否の電話でおきる。やる気満々だったが、業者のほうでトラック・人員手配できず、延期。なーんだ とまた寝る。(昨晩、この家での最後の晩餐、とワイン1本半空けた)パパはほぼ徹夜でラジオ・テレビにて状況把握、社員関係者の安否確認。

被害は、CDラックから落ちたディスクのケースが2,3枚割れたのと、本棚に飾ってあった置物が3点かけたこと。キッチンではコップひとつ壊れず。壁、天井にひび割れ。崩落はなし。

引越しのため、カップラーメンやおもち、(冷蔵庫は抜いてしまったので)クーラーボックスにヨーグルト、フルーツなどさっと食べられる食品用意してあり食事も問題なし。ほうじ茶で一息。

昼過ぎごろやっとネット、電話がつながり日本の家族に連絡。

引越し延期になったため、持参するスーツケースの用意もなかなか進まず、TVみてだらだら。昼寝。

夕方、冷蔵庫と本棚を買い取ってくれた知人来訪で起こされる。荷造り再開。

もうすぐホテルに移動します。今日から3泊ホテルに滞在し、私と息子は3月2日に出国。夫は12日出国。私は帰国後即、息子を連れて東京に直行し家探しをします。その後しばし実家に滞在し、息子を託して上京しつつ家の契約、住所移転、幼稚園手続き、倉庫保管荷物、航空便の引き取りをして引越しなどすませ、3月下旬にはなんとか生活を整える予定です。その後4月下旬に船便到着して本格的に家を整え・・・GW明けまで休めないでしょう。

ニュースでは大変な映像ばかりが流されていますが、私たちの家の周りは全く静かで落ち着いています。 未だ震度2,3程度の余震が頻発し続き気は抜けないのですが、まあとりあえず皆元気で、全く落ち着いています。

ご心配いただいた皆様、本当にどうもありがとうございました。皆様にお返事させていただきたいのですが、タイミング悪くこのような状況でしばらくゆっくりPCに向かうこともできなそうです。落ち着きましたらご挨拶のメイルを送らせていただきます。皆様も、お元気で。


Un día en el Campo [チリのこと]

長らく筆をおいてしまい、すみません。この間にも毎日何百という方が覗いてくださっていたようで、驚くと同時に大変ありがたく思います。

そして、年末の旅行記も途中で、その後2月頭に行ったクルーズのことも書いていないのにこんなご挨拶で申し訳ないのですが、これがチリで書く最後の記事になると思います。家族や友達にメイルをするかわりに始めたしょぼしょぼBlogですのに多くの方のお目を汚すことになり恐縮でした。読んでくださった皆様、ありがとうございました。

かれこれ5年近くも暮らしてしまったサンティアゴ、帰任の辞令を頂戴しまして、私とチリオは一週間後にチリを去ります。 日本でBlogを書く予定はありません。帰国後しばらくはバタバタでしょうが、落ち着いたら、写真の整理がてら、先述の旅行記や、Blogを始める前のチリオのあかちゃん時代のことなど、思い出しつつ書いてみようと考えてはいるのですが。

◆  ◆  ◆ 

先週末、会社の方の週末農園に招待いただきました。

サンティアゴから車で一時間半。3年前、土地を買って耕作を始めた、と招待されたときはただの野原で、これでいいの?? と驚いたのですが、その後家を建て、庭にキンチョ(アサードをするためのスペース)を作り、とても素敵になっていました。

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ちいさなジャガイモ畑と、果樹園。たわわに実った桃を好きなだけもいで、

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石釜で焼いた、おばあちゃん手作りのパンに地元の牧場でできたてのフレッシュチーズ、インドのチャイのようにミルクで煮出したマテ茶で朝食。

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おもむろに、丸ごとの羊が運ばれてきました。今日はこれを、Al Palo(串にさして遠火の炭火でじっくり炙り焼き)、Asado(網焼き)、Al Horno(オーブンでの蒸し焼き)といろいろに楽しもう、と。気持ち悪がったり恐がったりするかと思いきや、チリオ解体ナイフをかざしてポーズ。人間は何を食べているのか、食物はどこから来るのか、十分に理解しています。ふとみるとキンチョのインテリアとして、やはり一頭ごとAsadoにした子豚の頭蓋骨や牛の歯などが掛かっています。

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さて羊を焼いている間に一仕事。水路に溜まった雑草やごみを掃除し、門をあけて畑全体に水を渡します。こんなにからからの土地が、水門を開くとみるみる潤ってびっくり。

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都会っ子チリオ、意外やこの仕事に大興奮。大人用のおおきな長靴をはき、鍬を借りてお手伝い(っていうか、じゃまなだけだけど)。前日はサマースクールのキャンプでほとんど徹夜に近い状態でヘロヘロだったはずなのに、Tioが仕事をしている間、全く休もうとしません。

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さあ、一汗流した後は美味しい羊を堪能しましょう。

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飲み物は、勿論ワインもありましたが田舎の庶民の生活を紹介しようといろいろ用意してくれました・・・ 「ファンチョップ」=ファンタ+チョップ(生ピール)、「テレモト(大地震)」=パイナップルシャーベット+白ワイン  こちら、Terremoto.

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デザートは旬の大きなスイカ。チリでは、これに、Harina Tostada、香ばしく炒った小麦をひいて粉にしたものをかけて食べるのです。この日は、挽く前の炒り麦を用意して、私たちに実際挽かせてくれました。日本風に塩を振るより美味。

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食べて、またトマトやズッキーニを収穫して、散歩がてら畑の周りに植樹した木々を教えてもらい(この地域では、環境保護のため、農園でも住居でも、地域の樹木を何平米当たり何本、何種類植えなくてはならないという条例があるのだそう)。

未だお腹はすかないけど、夕方にはアサードをして、犬と戯れて、すっかり日が暮れてしまいました。

こちらの農園の持ち主の方、会社をリタイアしたらGranja Educativa(子供たちを対象に、畑仕事や酪農体験をさせる教育農園)をやるのが夢なのですって。素敵ですね。

チリオ、こういうところに住みたい、を連発していました。 

◆   ◆   ◆

友達のこと、幼稚園やサマースクールのこと、素敵な町並みやお店、いろいろ書きたいことがあった夏でした。連日の酷暑が和らいできたな、と思ったら突然秋風のサンティアゴ。荷物の整理もあらかたおわり、あとはぼちぼちとスーツケースを用意しつつ、残り少ない日々を元気に楽しく過ごしたいと思います。いろいろお世話になった皆様、Blog読んでくれていた皆様、ほんとうにどうもありがとう。

 

 

 

 

 

 


Bonito① [旅行~ブラジル]

RioからSao Paulo経由でCampo Grandeへ。約3時間。使ったのはAzul Airという、ブラジル国内専門の新興格安航空会社。悪くない。空港から車で3時間半、ひたすら大平原を突っ走る。道はきれいに舗装され快適ではあるが、なんといっても景色が変わらないので・・・遠いな~。

Bonitoは、意外なほどひらけた観光地だった。小さな小さな町だけど、24時間営業の薬局、スーパー、そしてみやげ物店、レストランが軒を並べてちょっと楽しそう。

さて最初の観光はGruta de Lago Azul。朝8時にホテルを出発、私たち家族だけの貸切車にて現地へ。(子供がいるので、できれば自分達だけで移動したいと代理店に頼んであったのです。追加料金もなく、空港送迎も、各観光ポイントまでの足もすべて専用車でした)

どんな秘境かとおもいきや、意外なほどこざっぱりときれいなゲストハウスが現れる。売店やカフェもあり、トイレもきれい。観光地ねえ。

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ここで、それぞれのルートで到着した観光客を10~15人程度のグループに纏め、ガイドが一人ついてツアーに出発。全員ヘルメットを着用します。ヘルメットは共用のため、衛生のため各人に不織布のキャップが配られたのには感心しました。

246a.JPG252a.JPGすんずん森を進みます

程なくして鍾乳洞入り口に到着。ここまでは楽勝。254a.JPG

往復で約300段の石段へ。うう思ったより高くて、恐い!!ずっとしたのほうに小さく人が見える。 263a.JPG

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私高所恐怖症なんです・・・けど、危ないから子供は任せて、自分のことだけやってて、とガイドのAndresは言うが、やはり心配でぴったりチリオに付き添い、薄暗い洞窟を、つるつるすべる不安定な足元に悲鳴をあげつつ、進む、進む。

ところどころで、ずっと底にある青い湖がちらりと顔をのぞかせる。暗くてよく見えないけれど、ふとした瞬間、ふとした角度でさっと神秘的な青が目に飛び込んでくると、やっぱり側まで行かずに入られない気持ちになる。

見る場所によって違う青。

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 静謐に澄んだ水、奥のほうは数百メートルの深さだそうです。

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はあ疲れた。普段運動してない私、翌日バリバリ筋肉痛に。チリオがこの同じ道程を、自分で歩ききったとは驚き。良く頑張ったね!しかし同じグループにいらしたおじいちゃん、なんと70歳・・・。

さてまた車にて、休憩どころへ。美しい滝がいくつもあり、滝つぼで泳いだり飛び込みをしたりできるという森の入り口のクラブハウスです。

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ほとりの沼でワニがぼーっとしてました361a.JPG

ランチはこの地方の郷土料理。前菜・サラダコーナー、メイン、デザートと分かれており夫々バラエティ豊かで、どれも大変美味。豆の煮込みフェイジョア絶品。冷たい湧き水を流す上でサラダを冷やし、昔ながらのかまどの上に温かい料理を並べるなど、しつらえも工夫されていて素敵。

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早起きして運動した後のビール&ご飯は、美味かった!

午後は森のお散歩へ。本当はここの滝つぼで泳げるのだが、前日の激しいスコールで水がかなり濁ってしまったとの話。朝の探検でチリオもすっかり疲れ果てていたこともあり、散策のみとした。

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アンドレスが滝つぼダイブを披露してくれました。

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おいしそうなきのこ。(食べられるかは不明)395a.JPG396a.JPGせせらぎ397a.JPGこれもきのこ

久々に体を動かした一日。チリオは、疲れと暑さがあいまって、この晩発熱してしまったのでした。

 

 

 


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